極北の地に暮らす人々
グリーンランドの先住民族イヌイットの人々は、伝統と現代性が共存する豊かな文化の中に暮らしています。その生き方は、私たちの冒険心を掻き立てるものです。彼らの生活様式には、伝統的な側面が今なお受け継がれており、特に村落部を訪れれば、それを実感できるでしょう。イヌイットの人々と実際に出会うことは、多くの先入観を取り払い、得がたい経験を共有する機会となります。
イヌイットとは
北極地域には、約1万年にわたり人間が暮らしてきました。イヌイットとは、厳密にいえば北米大陸に起源を持つ先住民族グループを構成する人々であり、言語的にも民族的にも様々な起源を持っています。そのため、イヌイットをはじめとする「エスキモー」と呼ばれる人々は、単一の民族ではありません。しかし、異なる地域に暮らす人々の間に、共通の文化的特徴が見られます。グリーンランドでは、その気候特性により狩猟と漁業に基づく文明が発達しました。土地の気候に農業が適さなかったからです。何世紀にもわたり、人々は基本的に一か所に定住しない移動生活を送っていました。夏が来ると、新たな生活場所を求め移動するのです。村落や一部の都市圏にはイヌイットの定住集落がありますが、これは新しい事象であり、彼らの生活が徐々に西洋化してきたことが背景にあると言えるでしょう。
ポナンのエクスペディション・リーダーであり、極地のスペシャリストとして知られるニコラ・デュブレイユ氏は、人生の大半を北極圏で過ごしてきました。グリーンランドのクッロルシュアクに自ら建てた家があります。隣の集落まで犬ぞりで少なくとも一日。それほどの辺境地に位置する村です。黒々とした岩場を覆う白い雪、色とりどりの家屋、野生動物の姿…。辺境のコミュニティに広がる環境は、イヌイットの人々がいつの時代も親しんできた暮らしの風景と重なります。たしかにそこは辺境の地ですが、グリーンランドでの暮らしを描いた著書“Akago”で、デュブレイユ氏はこのように語っています。「イヌイットの人々は世界から隔絶されてもいなければ、デンマーク中央政府から切り離された生活を送っているわけでもありません。彼らはソーシャルメディアを使いますし、現代生活の利便性を享受することもできます。デンマーク政府との間には多くのコミュニケーションがあるのです。ですから実際には、私たちはイヌイットの人々と容易に繋がることができますし、彼らの暮らしを知りたいと村を訪れる人々に対し、イヌイットの人々は明快な連帯感を抱き、迎えてくれます」
グリーンランド基礎知識
正式名称:カラーリット・ヌナート
首都:ヌーク
国としての区分:デンマーク王国自治領
人口:56,000人。うち88%がイヌイット、約12%がデンマーク人
使用言語:グリーンランド語(エスキモー諸語に分類される)及びデンマーク語
面積:210万㎢
人口密度:1㎢あたり0.03人
受け継がれる伝統、その先にある未来
グリーンランド北部では、イヌイットの人々は質素で穏やかな生活を送っており、現在も続くクマ猟で生活の糧を得ています。同様に、沿岸部にも、動物の皮の加工やイッカク漁、皮なめしなど、伝統的習慣が残る暮らしがあります。彼らは皆、自然と調和しながら生活を営む方法を知っており、自然の美しさと寛容さを認識しています。イヌイットの暮らしには、自然環境とそこに息づく様々な命への確かな配慮があるのです。 彼らはまた、資源を有効に活用する高い力を持っています。コミュニティ間の距離が長いことから、一人ひとりの内にあるモノづくりの力が引き出され、活かされるのです。自らの手で生活環境を整えるDIYの大切さ、資源を大切に、有効に活用することの重要性をイヌイットは知っています。より開かれた世界を受け入れながら、彼らを取り巻く環境故の生き方を維持し、自立、共有、他者の生活への不干渉を今なお大切に暮らしています。 都市開発や一部の若者世代の西洋化によって、様々な変化も生まれています。首都ヌークでは、活動家と猟師の子供たちが隣り合って暮らす光景が見られ、街のナイトライフも発展しています。こういった若者世代は、イヌイットの生活の質の向上に関して、周囲を巻き込む強い影響力を見せ、想像力に富んだ独創性を発揮しています。 結局のところ、極北の寒さに包まれるグリーンランドで、過酷な環境を生き抜いてきた人々との交流を後押しするのは、そこに暮らす人間の温かさなのです。
旅の準備にお薦めの作品ニコラ・デュブレイユ氏は、フランスとクッロルシュアクの間の幾度にもわたる旅について、著書“Akago”に記しています。今日のイヌイット文化や彼らが現代生活にどのように適応してきたのかを知る上で重要な記録です。友人でありジャーナリストのイスマエル・ケリファとの共著には、“Mystères polaires”があり、グリーンランド各地の息をのむほどに美しい場所を紹介しています。 グリーンランド出身の作家、ニヴィアーク・コーネリエセンは2014年、小説“Homo Sapienne”を発表しました。これはのちに“Crimson”のタイトルで英語にも翻訳されています。首都ヌークに暮らす若者たち、そしてイヌイットの若い世代が求める社会発展を描いたこれまでにない作品です。 アメリカのドキュメンタリー映像作家、ロバート・フラハティが監督した “Nanook of the North”は、北極圏に暮らす人々の生活を描き、イヌイットの伝統的な生活様式を記録した貴重な作品です。